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急な離脱症状からの感情

前述した叔母が勝手にやめた薬の話。


不安感をコントロールする薬。


もう20年近く前なので、まだまだRASも生まれていない頃に

その薬を飲み始めた、ということ。


不安でいる自分を「これではいけない」と思うから

「なんとかしなくてはいけない」になり、

病院で処方してもらったのでしょうね。


もうほんとうはとっくに必要がないので

やめたらいいのに、急にやめられないのが

こういう薬の怖さでもあります。


今回分かったのは

急な断薬をするとどうなるか(個人差はあるので一概には言えませんが)

体調不良だけでない精神的ダメージが大きかったように見えます。


不安を少なくするための薬は突然やめると

今まで以上の不安感に襲われるように見えました

それに呼応するように外側も作られるわけです。


私は私から見れば体調不良な叔母なので、

叔母のしていた家事を引き受けます。

例えば掃除ですが、

叔母は非常に小柄、私は彼女より15センチ背が高いので、

彼女が見えない場所や届かない場所の汚れが見えたりします。

逆に言えば低い場所は目につかない(性格もずぼらな私笑)

のですが、代わりの掃除をやるなら、

「叔母が普段届かない場所きれいにしておくかな」

なんて思うわけです。


これを叔母目線で見ると

「まさこが掃除をすると私ができていない場所がきれいになる。私はなんて役立たずなんだ」

になったようです。

えええええ~!!

って私はびっくりなんですが、

そのうちソファで横になっている叔母が

「こんな役立たずで、迷惑で価値がない」

と口走ってきてさらに

えええええええええ~!!

と。

断薬離脱症状恐るべし。


飲み始めた頃の不安感は

そこまでのものではなく、

なんだか自分の不安を考えると胸がどきどきして苦しい

くらいだったはず。


私はその頃はまだ子供も小さく3人男子に振り回されていたので、

母や叔母の体調や心に目が行かなかったというのが実情ではあります。

特に叔母は真面目な人なので、

どんどん自分を自分で追い詰める人なのだろうな、と。

楽になるなら心療内科もいいか、という認識ではありました。当時は、ですが。


で、離脱症状とはいえあまりにもその台詞は看過できなかったので


「いやいやいや、おばがもし今寝たきりになったとしても、

 役立たずなんて思う人はこの家族の中には誰一人いないから。

 おばがおばだってだけで十分価値があるんだよ。

 私は家族全員にそう思っているし、

 息子らも、だから黙って手伝っていることで

 心配しているのだからそんな事を考えなくていい」

と、言っておきました。


それでも「そうかなそうかな」

と、不安感満載でしたので

「安心して不安になっておきなさい」

と、非論理発言をしておきました笑


結局、勝手な解釈の断薬を中止して、

復調してからの再スタートになりましたが

一長一短ではないのだな、と勉強にもなったわけです。


かかりつけの先生も

急に断薬をして、精神的におかしくなった人を知っている

と仰っていました。


そうならずにすんだことはよかったうえに

「こんな怖い薬を20年も飲んでいたのね」

という叔母の気づきでもありました。


                 続く










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